つづき…

泥だらけになった
老人が差し出した右手を見て躊躇した。

私「(しゃーねーなぁー)」

老人は、私の右手に捕まって
立とうとするが立てない。

あぐらをかいた状態の足を
立ちやすいように少し移動させて
再度、手を貸すが立てない。

僅かなこのやり取りの最中に
少し雨足が弱まった。

片手を貸すだけでは無理そうなので、
持っていた自分の傘をたたみ
もう家に近いから濡れる覚悟を決めた途端、
雨が止んだ…
嘘のようだ…

私「足は?痛くないですか?」

老人「足は痛くないが、腰が悪くて…」

私「じゃー後ろから抱えて、立たせますが立てますか?」

老人「そんな事できるのか?」

私「(大村崑に掛けて)オロナミンC飲んだから出来ますよ!」

老人「……?」

後ろから両脇に手を入れて
ゆっくり立たせた。

老人「おぉぉぉーありがとう!」

私「大丈夫ですか?手を離しますよ」

老人「大丈夫!」

立たせた大村崑似の爺さんの前に回り込み
緑色のビニール袋を拾い上げて持たせ、
ウエストポーチをたすき掛けにし、
再び、声をかける

私「濡れちゃったねー」

老人「濡れたのは着替えればいいんだけど…」

私「家は近いんですか?」

老人「直ぐそこ!」と、指差した。

指差した方を見ると
私「横断歩道渡ったところのマンション?」

老人「そう!」

私「なんだ、近いじゃない!」

50mくらい先の大きな交差点を渡ったマンションだった。

私「交差点が危ないから一緒に行きましょう」

このお爺さんがいうマンション手前に
大きな交差点があるため
ゆっくり信号に向かって一緒に歩いた。

信号待ちしている間に、
どうしても認知症が心配になり

私「部屋は?何処だか?わかりますよね?」
と、訊ねると

ニッコリ笑って
老人「まだ、そこまでボケてないよー」

と、私を見つめるが、
両鼻からは思いっきり水っぱながテカテカ垂れていた。

私「そう(間違いなく、初期だな!)」

信号が青になった。

足腰が悪いせいか、やはり歩くのが遅く
信号が変わるギリギリで横断歩道を渡りきり
マンション入り口までお伴した。

エレベーターホール入り口の
段差に注意するように促し、
一足先にホールに入り、
ボタンを押してエレベーターをよぶ。

私「気を付けてお帰り下さい」

老人「ありがとう」と言いながら
襷にかけたウエストポーチのチャックを開けて
何やらモゾモゾやっている。

「(鼻水でも拭くのか?)」

と、思い、見ると、
中から結構な札束を出して、
私に渡そうとするが、


「いいの!いいの!要らないから…」
「早く帰って着替えた方がいいよ!」
「(やっぱり初期だな…)」

と、エレベーターに押し込んだのだ。

いろいろありますねー

おわり

追伸

大村崑を送って、帰りながら考えた。

爺さんを立たせようとしている時に
その横を、結構な人たちが往き来していたが
誰も手を貸さなかったのだ。

見て見ぬ振り…

日本人は、冷たいですね…

皆さんなら?
こんな状況に出会ったらどうしますか?