気がなくなった人の
「気のない所業」に
周囲の人間が目くじらを立てて
機嫌を損ねたところで、
「気のない」人間は、
周囲の損ねた気を
治めようとする気使いなど
持ち合わせてはいない。
気がないので、そんな事も
考えていないのでしょう。
他に「気になる」ことがあるなら
そちらに行かせてやった方が色々な意味で
本人も得るものがある筈なのです。
これは、暴走行為をやめる気のない輩に
危険な運転を止めるように説教をこいたところで
時間が無駄なことと同じです。
依存症の人間に
色々言っても、
色々やっても、
糠釘状態に陥ることと
何ら変わりはないのです。
要は、本人の気付きがなければ
落ちるところまで落ちろ!
と、いうこと。
また、
気のない所業によって
機嫌を損ねた相手の
精神衛生上の観点からも
「気のない」人間から離れた方が
いちいち気を乱されなくてすみますし、
心理的に安定する時間が増えます。
気がない人の中に
自分の気が「今,何処にあるのか?」
わからない人がいるが、
そもそも,
「自分の気が何処にあるのか?」
を考えられる人は、
自分の気を見失う筈がないのですが、
自分の気を見失うような人は、
環境に誤魔化されて、
自分の気が何処にあるのか?
明らかに見失うことがあります。
先日も、とある人から会社の
従業員の相談を受けた際に、
「本人の気が何処にあるか?」
で今後の全てが決まるなぁ〜と
思える事案があった。
つづく…
